浅田真央、NHK杯で示した新たな武器
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2008年の世界選手権で初優勝したとき以来かもしれない。浅田真央(21、中京大)がこんなに楽しそうに、納得した笑顔で試合から戻ってきたのは……。今季初戦となったグランプリ(GP)シリーズ第4戦のNHK杯で、鈴木明子(邦和スポーツランド)には届かなかったものの、フリーではトップの得点をマークして2位に。GPシリーズではバンクーバー五輪シーズンの2009年10月、金妍児(キム・ヨナ、韓国)との一騎打ちに敗れて2位となって以来の表彰台だった。
■SPではトリプルアクセルに失敗
シーズンオフのときから、屈託のない笑顔が戻ってきていた。アラビアンナイトのお姫様のような、ショートプログラム(SP)の衣装も例年以上にセンスが良く、「今年は違う」という感触があった。
だから、11日に行われたNHK杯のSPで、冒頭のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)が1回転半になったときにはがく然とした。
公式練習の初日から着氷しても回転不足になるなど、成功する気配に乏しかったが、自らのトレードマークでもあるトリプルアクセルに固執した。現時点では無謀な挑戦だったと思う。オフに「課題は(これまでの)失敗を忘れないようにすること」と話していたのに。
■ミスを引きずらずに演技
だが、それ以降はミスを引きずらず、スピード豊かに軽やかなスケーティングだった。表情が乏しいと言われがちだった浅田だが、「シェヘラザードのかわいさ、華やかさを表現したい」と事前に言っていた通りの演技。
だからこそ、なぜダブルアクセル(2回転半ジャンプ)にしなかったのか、と感じた。SPはジャンプが3つしか跳べないので、1つ失敗すると挽回が難しいからだ。挑戦するにしてもフリーでやればいいのに、と思った。
演技構成点は、その日の演技だけでなく、毎年毎年の積み重ねで評価が上がっていくもの。浅田はここ数年こういう試合が多かったため、得点のベースが下がっていた。SP1位の鈴木明子が完ぺきだったとはいえ、演技構成点でも1.37点差をつけられた。
■浅田、SPの後に落胆はせず
しかし、SP後の浅田は意外なほど、がっかりはしていなかった。佐藤信夫コーチはダブルアクセルを勧めたが、決定を委ねられた浅田は「今回はトリプルアクセルをします。成功してもしなくても、その後は取りこぼさないようにします」。トリプルアクセルは失敗したものの、その後の演技では目標であるミスのない演技ができたからだ。ここが、ここ数年の姿とは違った点だ。
SPの後、佐藤コーチと食事をして「もしダブルアクセルだったら、もっと得点が伸びたと思うよ」と言われたという。信頼するコーチの言葉にさすがに少し考え直したようだが、浅田も頑固なところがある。「自分の最高の演技はトリプルアクセルが入ったもの」という考えを、その時点ではすんなりと切り替えられなかったようだ。
■高橋のSPを見て気持ち切り替え
翌日、フリー前の公式練習でもトリプルアクセルに挑戦した。しかし、試合では結局回避。それは女子フリーの前に男子SPが行われ、高橋大輔(関大大学院)が4回転ジャンプを跳ばずに世界歴代3位となる90.43点の高得点を出したのを見て、気持ちがスッパリと切り替わったらしい。
フリーもジャンプで回転不足があり、修正途上のルッツジャンプでエッジ違反もあったが、スピンやステップでは取りこぼしがなかった。100%では決してなかったものの、体全体で「愛の夢」を流れるように表現した。
■5種類の3回転ジャンプを披露
何より今後に期待できるのは、08~09年、09~10年シーズンと、徐々に苦手で回避するようになった3回転ルッツと3回転サルコーを昨季に続いて跳び、アクセルを除く5種類の3回転ジャンプすべてをプログラムに組み込んだこと。そして、連続ジャンプの2つ目(セカンド)に3回転ジャンプ(トーループ)が入ったことだ。
アクセルを除き、5種類ある3回転ジャンプのすべてをプログラムに組み込める女子はほとんどいない。3回転ジャンプは2種類だけしか複数回跳べず、フリーで7個あるジャンプのうち1つはアクセルを跳ばないといけない。
跳べるジャンプの種類が増え、セカンドに3回転が跳ぶことができれば、得点を稼ぐバリエーションが増える。バンクーバー五輪のとき、3種類の3回転ジャンプしか跳ばなかった浅田は、大技のトリプルアクセルに頼らざるを得ずに苦しんだ。
■スピードも豊かに
スケーティングも安定し、ひとけりで進む距離が増えた結果、スピードも豊かになった。また、肩が上下動しなくなり、スピードが出てもジャンプの軸は安定した。さらに、着氷したときのフリーレッグ(着氷しない方の足)がきれいに伸びるようになり、スパイラルで描く円も大きくなった。
まだ十分には習熟できてはおらず、加点は物足りないが、慣れてくればさらなる上積みが期待できるだろう。
「信夫先生に感謝したい。昔は子供らしくて元気いっぱいだったけれど、大人の滑りになった」と浅田。スケートを押すような感じで滑っているのではなく、無理なく滑れているという。「信夫先生の目標に少しずつ近づいている」
まだ佐藤コーチと「あ、うん」の呼吸とまではいかないが、昨シーズンとはだいぶ違う。指導者から見ればムチャなことも試合で成功させて2位となったのが昨季の全日本なら、言うことを聞かなかったがゆえに6位に終わったのが今年4月の世界選手権だ。
■「力強く元気にやれば」
今ではそういう食い違いはない。「だいぶ話が通じやすくなった。(NHK杯は)だいたい練習通り。スピード感はまだ……、決して私は欲張りじゃないんですけどね。私も我慢我慢」と、佐藤コーチは話した。
「試合がどうなるか、自分でも分からなかった」と浅田。ここ数年、シーズン初戦の成績が振るわず、少々トラウマになっていたところがある。しかし、佐藤コーチの言葉で落ち着いたという。「スケーティングを思い切って力強く元気にやれば、他のすべてはやってるから……。スピードさえ出し切れば問題ないから」
■練習を自信に
バンクーバー五輪シーズンだった昨季も、タチアナ・タラソワコーチに「真央ならできる、って言われて自信になった」と語っていたが、月1度会うか会わないかのコーチの言葉で、どれだけ効果があったか。
佐藤コーチは調子がいいときも悪いときも、常に支えていてくれる。「変な緊張がなく、練習を自信に変えて滑れた。この感覚を大事にしたい」
浅田の次戦はGP最終戦のロシア大会(モスクワ、25~27日)。それに3年ぶりのGPファイナル(カナダ・ケベックシティー、12月9~11日)出場がかかっている。
(原真子)