【中野友加里のスケーターたちの素顔】真央ちゃんは「努力を重ねた天才」
>ソチ五輪シーズンで再びトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)の成功率を上げてきた浅田真央選手(中京大)を見ていると、相当な努力をしてきたことが想像できます。
氷上での練習はもちろん、オフ・アイスでの体幹強化など、できる限りの練習をしたと思います。何より一番は、「試合で跳べる」と思えるようになった気持ちが大きいでしょう。
自信を取り戻すことができた要因の一つとして、2010年秋から師事する佐藤信夫コーチとの練習の日々があると思います。実は、私も真央ちゃんと同じように名古屋で山田満知子コーチの指導を受けてジャンプを磨き、大学進学と同時に上京して佐藤コーチのもとでスケーティングを一から学び直した経験があります。
佐藤コーチから改めて重要性を認識させられたのが、スケート靴のエッジで図形を描くコンパルソリーです。昔は競技にもなっていて、幼いころには必ず教わるのですが、大きくなるにつれてジャンプの比重が増えて、おろそかになっていくものです。
重要なコンパルソリー
佐藤コーチのもとで練習を始めた当初は、リンクを滑って「8の字」を繰り返す課題に対し、「ひどい」と言われていました。エッジで氷を削った跡が少なく、かつ自分の滑った線がずれていない方が良いのですが、私の場合は「8」が全然同じところに描けていませんでした。肩や背中に無駄な力が入ったりして、翌朝は筋肉痛にもなりました。
しかし、時間がたつにつれて徐々に感覚をつかめるようになりました。そして、あることに気付いたのです。それは、刃の先端部分への体重のかけ方によって、スピードが全く違うということです。先端の使い方によって、スピンも速く回れたり、ジャンプの跳び方もよくなったりするのだから驚きでした。
コンパルソリーをうまくできるようになる一番のメリットは、ルール変更に伴って多くの要素をこなさなければならないようになったステップがうまくなることです。真央ちゃんや高橋大輔選手(関大大学院)のように、リンクを目いっぱい使うステップには魅了されますが、ステップに必要な動きはほとんどといっていいほど、円を描くときに使うエッジワークの応用なのです。
佐藤コーチの指導のもう一つの特徴は、演技構成点で「スケーティングスキル」として評価される基礎を徹底することです。真央ちゃんが最近の取材でも、「信夫先生のもとで一からスケーティングを見直した成果が、ようやく出てきた」と話しています。
私も練習で思い出すのが「100周スケーティング」です。本当にリンクを100周するわけではないのですが、左右の足をクロスさせながら、リンクを前向きと後ろ向きで何周も繰り返し滑る練習です。毎日繰り返すうちに、自分の中で一番スピードに乗れるときの手の位置やエッジへの体重の乗せ方などの感覚を体になじませていくのです。
3年かけて現在のレベルへ
スケーティング練習に慣れてくると、滑るスピードが徐々にアップします。演技全体を通してスピードが出ると、ジャンプへの流れも全く違ったものになります。そして、速い助走で踏み切れば、ジャンプに高さと幅が出るので、美しさもまします。
実際に真央ちゃんのトリプルアクセルを見ていると、以前よりも踏み込みであまり力まなくなったように見えます。スピードがないと高く上がるために強く踏み込まなければならず、大きな力を加えなければなりませんが、今の真央ちゃんは助走にスピードがあるので、流れの中で跳べていると感じます。
こうした過程は言葉で説明するほど、簡単な作業ではありません。実際、佐藤コーチの指導を受け始めてから、真央ちゃんも3年近い年月をかけて現在のレベルまで到達したわけです。特にトリプルアクセルは、私もスランプに苦しんだ経験があるので、跳べないつらさはよくわかります。跳びたくても跳べなかったり、思うように体の軸が回ってくれなかったり、佐藤コーチから跳ぶことを止められたことも一度や二度ではなかったでしょう。
スケーターたちは、大会で華やかな衣装を身にまとってスポットライトを浴びるまでに大変な苦労を重ねています。その上で、現在の女子選手では真央ちゃん1人しか跳べないトリプルアクセルを成功させるには、才能も必要なのです。「真央ちゃんは天才の上に、努力を重ねたスケーター」。彼女の演技を見て、そう断言できます。
ソチ五輪でメダルラッシュが期待されるフィギュア男女の日本代表選手。4年前のバンクーバー五輪シーズンを最後に引退するまで、現役時代をともに過ごしたスケーターたちの素顔を紹介します。(元フィギュアスケート選手、フジテレビ職員 中野友加里/撮影:安部光翁/SANKEI EXPRESS)